第11話:絵本の世界 (涅槃の魔女とひとりぼっちの魔王様)

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 【涅槃の魔女】

 昔々あるところに、1人の少女がおりました。

 少女はとても可愛らしく、優しく、みんなから愛されていました。いつもニコニコと笑顔を絶やさず、誰にでも同じように接していました。

 『少女が大きくなったら、きっととても素敵な女性になるに違いない』誰もがそう思っていましたし、『あの子と結婚する人間は、とても幸せ者だ』そうとも思っていました。

 なにより、少女自身も、いつか訪れる未来を夢見て、毎日を過ごしていました。

「私もお母さんみたいに、お父さんのような男の人と結婚するの」

 なんて話をすることもありました。

 そんな風に、平和な毎日を過ごしていた、ある日。

「う……うう……ん……うぅう……」

 夢を見て少女は、魘されました。

 その夢は、とても。
 とてもとても、怖い夢でした。

『其方に決めた』
「誰……? 誰なの……?」
「私はこの世の全てを支配する魔王」
『ま……おう……?』

 夢の中で声が聞こえ、その声の主は自分のことを『魔王』と名乗りました。頭の中に直接響くような、低くて重く、ゆったりとした話し方であるのに、聞いたこともないくらいにおどろおどろしい声をしています。

 ぶるっと少女は身震いしました。酷く恐ろしいモノが、其処に在ると思ったからです。

「何を……何を決めたというの? 私がなんだというの?」
『其方を、私の花嫁に』
「は……なよ……め……?」
『そうだ』
「……い、嫌よ! どうして私が、何者かも分からない、あんたなんかの花嫁にならなきゃいけないの!」
『其方ほど、相応しい人間は他にはいない』
「あ……っ……?」

 少女がなにか言いかけた時、自分の身体の異変に気が付きました。
 黒い霧のようなものが、溢れ出ていたのです。

『我と共に生きられるように、不死なる身体を与えた。傷付くこともなく、死ぬこともない』
「な……え……」
『迎えに行くまで暫し待たれよ』
「やだ、やだっ! 戻して! 元に戻してよ!』

 少女は大きく言葉を口にすると、そこで目を覚ましました。怖くなりましたが、所詮は夢。そう考えて、また、眠ることにします。

 明くる日の朝──

「おはよう」

 いつものように、少女は家族に挨拶をします。しかし、いつものような返事が返ってきません。

「お母さん……? お父さん……?」

 家に誰もいないのです。少女は家族を探すべく、家の扉を開きます。

「……え?」

 そこに現れたのは、村の人間です。皆一様に、何かに怒っているような、悲しんでいるような、諦めたような、なんとも言えない表情を浮かべていました。

「お前は魔のモノだったのか」
「なんのこと……?」
「皆が同じ夢を見た。お前は、魔王の花嫁だと。そして、大事にするようにと」
「そんな……! 違うわ! 私はそんなんじゃ……」

 言い終わる前に、少女は村の男たちに捕まりました。

「確かめてやる」

 そういう男の目には、狂気が宿っているようにも感じられるほど、冷たくようしゃのない表情をしていたのです。

「……い……や……な、に……」

 少女は怯え、助けを求めますが、誰も聞こうとはしません。

 ズププ──

「──え?」

 音のする方を見ると、そこは自分のお腹。音の正体は、ナイフが自分の腹に刺さった音でした。

「あ……ああ……いだっ……あぁ……いだいぃ……っ……!」

 ナイフを刺したまま下にさげ、沢山の血と中身を確認した後、男は村の倉庫に少女を閉じ込めました。既に先に事切れていた、少女の両親と共に。

「お前が魔のものかは、明日にはわかる」

 微かに聞こえる声を頭に残しながら、身体が冷えていく感覚と、表現しがたい気持ち悪さを覚え、少女は自分の血溜まりに気を失いました。

 翌朝──。

「──あ──」

 少女は目を覚ましたのです。
 あれだけ血を流し、中身を晒して、身体の感覚を失っていったのにも関わらず。

 両親は死んでいるのに。目の前に血溜まりがあるのに。自身の身体も血がこびり付いているのに。何より、見た夢と男の所業が身体を支配しているのに。
 刺された傷跡がない。あれだけ血を流したのに、失ったものがあるのに、死んだと思ったのに、私は生きている。そう思うと、とてもとても、恐ろしくなりました。

 当たり前のように、少女は混乱しました。これでは、夢の通りである、と。

「──ウソ」

 キィィ──

「やはり生きていたな」

 開かれた扉から、昨日の男が入ってきました。

「お前はこの世界に禍を齎す者。苦しみ抜いて絶望するが良い。そんな人間を大事に出来る訳がないだろう」

 そこから、少女の生活は一変しました。見世物にされ、慰み者にされ、傷付けられ、殺される。それでも死なないから、それをただ繰り返す日々が、少女の世界となりました。
 耐えがたい屈辱に、何度も涙を流し、声を枯らし、痛みと悲しみに耐えながら、日が終わるのを待ち焦がれる日々です。

 1日、3日、一週間、半月、1ヶ月、3ヶ月と時が過ぎ、4ヶ月が経った頃。その日は訪れました。

 空を覆う黒い霧。その中から、低くて重い声が響きます。

「私の花嫁は何処だ」

 1人の男が答えました。

「……お前の花嫁だと? さぁな」
「答えろ」
「ぐっ……」

 男は首元を押さえながら、宙に浮きました。

「あの……な、や、の……中……だ……」

  指の方にあるのは、一軒の小屋。一瞬にしてその小屋の全てが破壊され、中にいたのは数人の男と傷だらけ、痣だらけで血溜まりに横たわる少女でした。

「……待たせてすまなかった」

 小屋の残骸に向かい、周りの男達の首を刎ねながら、魔王は少女を恭しく抱き抱えました。

「お、そ、い、わよ……」

 生気のない目を閉じると、瞼の隙間から一筋の涙が零れ落ちます。

 魔王は少女と共に空へと舞い戻ると、今度はその村の全てを消し去りました。

 こうして、少女は魔王の花嫁となり、この世の全てを一緒に葬りました。
 生死を超えて存在する少女は、自らを『涅槃の魔女』と名乗り、いつまでも魔王の側に寄り添いました。

お終い