第9話:美味しいご飯 (涅槃の魔女とひとりぼっちの魔王様)

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 トタトタと階段を駆け下り、トートは食堂へと急ぐ。呼ばれているのにのんびりと階段を降りるオルカを、階段下で足踏みをしながら待った。

「早く! 早く! ご飯が冷めちゃう! 私お腹が空いちゃった!」
「……死ななくても腹は減るのか?」
「お腹は空くのよ。飢えても死なないから、餓鬼地獄は辛いわね」
「面倒な身体だな。腹も空かなければ良いものを」
「だっ……誰のせいだと思ってるのよ……!」
「『先代の魔王』──だが?」
「……ぐぬぬ……!」

 言葉に詰まったトートは、『イィィィィ!』と奇声を発しながら、オルカの背中を叩く。言い返せず、上手く感情が昇華出来なかったらしい。
 大した力ではないところが、まだ戯れている証拠だろう。
 オルカは簡単にそれをいなし、無言でさっさと食堂へと入っていった。

「お待たせ致しました! ウチは谷底を流れる清流から獲れる、新鮮な魚がウリでね。魚は好きかい? 沢山食べておくれ」

 女将が言葉発するそばから、トートの目はテーブル上の料理を端から端まで目で追っていた。
 そして、席に着き『いただきます』の手の形をする。

「全ての生き物に感謝! 女将さんにも感謝! いただきます!」
「はい、どうぞ。沢山食べてね」
「……いただき、ます? いただきます」

 女将さんの視線を感じ、オルカもトートの真似をして、いただきますと口から発した。
 オルカは城にあった書物から、ある程度の知識を得ていたし、トートからの話や、自分の中に眠る記憶の断片を辿り、それなりの内容は身につけていた。
 一部分に対し、圧倒的に感が働かないことと、人間に関することは、抜け落ちているのか、元から興味がなかったのか、それとも必要が無いものだったからか。頭にはあまり入らなかった。

 ともあれ、城を出てからの初めての食事。魔王に人間の食事が必要なのかは分からないが、同じように食べているということは、『まったくもって不要』な物ではなさそうであった。
 もしかしたら不要なものであったかもしれないが、この状況で食べないのもおかしい。

「女将さん! この煮付けもお刺身も美味しいね!」
「そうだろ? 生の魚は食べない人達が多いからね。そう言ってくれて嬉しいよ」

 トートの言葉に気を良くし、女将はワハハと豪快に笑った。

「どうだい? にーちゃんは、美味しいかい?」
「……む、あ、ああ。旨い、な」

 淡々と食べ続けるオルカに、女将が話しかけた。食べる手は止まっていない。口に合うのだろう。

「そう言えば、お嬢ちゃん達は何処から来たんだい?」
「んぐ……っ……」
「あぁ、ごめんね。食べ終わってからで良いよ」

 話し始めようとしてむせたトートは、胸の所を握り拳でトントンと叩きながら、水を飲み干す。
 ふぅ、と一息吐くと、水を注いでくれる女将に礼を言い、問いに答え始めた。

「私達、旅をしているんです。故郷、という意味では、ないかもしれませんね。転々としていて、何処から、というのが、定まらないと言うか」
「へぇ、旅人さんなのかね。何か、ゴールはあるのかい?」
「んー……ゴール、ゴール……。世界中を旅したらおしまい! かな?」
「凄いねぇ。世界中巡ったら、いつまでかかるんだろうねぇ」
「ね。私もわからない。でも、行ってみたい所をぐるっと出来たら嬉しいな、って」
「楽しみだね」
「うん!」

 ニコニコと話す2人を尻目に、オルカはひたすら食事をしていた。

「世界中回ったら、『涅槃の魔女』にも会えるかもねぇ」

 『涅槃の魔女』

 その名を聞いて、トートの顔が一瞬強張る。そして、無心に食事を口に運び始めた。空気の違いに気付いたオルカは、女将に問うた。

「女将? その、『涅槃の魔女』とは何だ?」
「おや、にーちゃんは知らないのかい?」
「すまない、記憶にない言葉だったのでな」
「まぁ、今時は話さないのかもねぇ。『涅槃の魔女』ってのは……」

 女将曰く、『涅槃の魔女』とは、生死を凌駕した存在。人の一生を遥かに超えた時間を生き、人外の力を手に入れた謂わば『人の姿をしながら人ならざる者』らしい。
 伝説なのか、実際にあった話なのか、はたまた子供向けの寓話として作られた物なのかは、定かではないらしい。だが、世界中に読み物として広まり、絵本から小説、子供だけではなく大人も読み、舞台で披露する劇や、道で披露される紙芝居にもなったそうだ。

「絵本はそうだねぇ。子供の頃よく読んでもらったよ」

 顎に指を当てて、懐かしい昔を思い返すように話す女将。トートの方を見ていないのが幸いしたのか、顔が青白く、微かに指が震える様には気が付いていなかった。

「……そうか。少々怖い話かもしれないな。折角話してもらったのに申し訳ない。……妹、あぁ、そうだ、妹はこの手の話が苦手でな。物語は好きだが、怖いものは苦手なんだ」
「あらいやだ、そうだったのね。ごめんなさいな、この話はやめにしようねぇ」

 焦った風にパタパタと手を振って、話を中断する。

「え、あ……いえ、ごめんなさい、その、ええ、そうなの。えっと、母によくその話をされて、怖かったの。そればっかり、頭に残ってしまって、怖いと感じるものは苦手で。ははは……」
「そ、そうだな。私に話をしても面白くないと思ったのか、母はいつも、お前にばかりその手の話をしていたな。そうだ。そうだった」
「そう! そうよね! ホント、嫌になっちゃう」

 誤魔化すようにご飯を口に掻き込むと、『ご馳走様でした』と、綺麗になったお皿をシンクまで運ぶ。

「女将さん、お風呂に入りたいのだけど、もう入れるかしら?」
「えぇ、大丈夫だよ。この部屋を出た、一階の突き当たり。お客さんは2人しかいないから、ごゆっくり」
「有り難う」

 トートはリュックをお供に、風呂場へと向かう。
 その姿を見送り、オルカは女将へ向き直る。

「女将、先ほどの話だが……」
「? あぁ、『涅槃の魔女』の話かい?」
「詳しく伺っても良いだろうか? 如何なる話でも、知識を広めたいと思っているのでな」
「勉強熱心だねぇ。良いよ。お嬢ちゃんもいないし、少し話をしようかね」

 女将はコーヒーを淹れ、オルカに渡す。そして、2人でテーブルを囲むと、『何処から話そうかねぇ……』と言いながら、女将は悩み始めた。