そこから、時々飛行石を使いながら、村の中を移動する。
段々と話すことも減り、トートはファーニャを思いながら、オルカは村のことを考えながら、気持ちを他所に置いて、目的地へと進んだ。無言になること気まずく感じつつ、3人は宿屋へと到着した。
「此方です。足元にお気をつけください。古い宿ではありますが、中は綺麗ですよ」
案内された宿屋は、所々壁にヒビが入り、看板の文字も欠け、くすんだ色をする、古くからある様な宿屋であった。
「こんにちは」
「……はいはい! こんにちは!」
ドアを開けて挨拶をすると、明るい女性の声で、遠くから挨拶が返った。
パタパタと音を立てて走る音がする。
音が大きくなると、目の前にふくよかな女性が現れた。どうやら女将さんのようだ。
「あらやだ、可愛いお嬢さんだこと!」
「初めましてマダム。私、トートと申します。此方はオルカ。短い間ですが、お世話になります」
可愛いお嬢さん、という台詞に気を良くしながら、スッとスカートの裾をつまみ上げ、お辞儀をする。
「ホラ、アンタも!その顔、駄目!」
「ぐっ……!」
小声でオルカに挨拶を促しながら、無愛想な顔をやめるよう、足を踏んだ。
「……っ……初めまして、マダム。お初にお目にかかります、オルカと申します」
「あらあら、こっちはイケメンね!私はハリアよ」
引き攣った笑顔を見せながら、オルカも挨拶をした。
「……後で覚えておけ」
「え? 何か言った?」
2人のやりとりをニコニコと見つめる女将。頬に手を当てて、『ウフフ』と微笑ましく眺めていた。
「リタ様からお話は伺ったわ。一番良いお部屋を用意させていただいたから、今夜はゆっくりしていってくださいね。食事も、夜と朝、ご用意致します。あと、マダムってちょっと恥ずかしいから、皆みたいに女将、って呼んでチョーダイ」
「えぇ、そうさせていただくわ、女将。……あれ……何処かでお会いしたこと、あったかしら?」
トートは女将の顔をまじまじと見つめた。
「そんなことはないと思うけどねぇ。誰かに似てたのかもね」
女将はそう言うと、身につけていたエプロンのポケットから、部屋の鍵を取り出した。
「あら、そう言えば、一室しか用意していなかったけど、良かったかしら? 男女2人としか言われなかったけど、きょうだいとか夫婦とか、聞くの忘れてたわ」
ニコニコとした表情を崩さないまま、女将は告げる。面食らった顔をしたが、オルカが一言『問題ない』というと、トートも仕方ない、という風に頷いてみせた。
「じゃあ、案内しますね。此方にどうぞ」
階段を登り、二階へ向かう。一番奥の部屋を開けると、大きなベッドの置かれた、少し豪華で綺麗な内装が2人を出迎えた。
外観からは想像出来なかったが、言われた通り、中は綺麗だった。
「それでは、ごゆっくりと。夕飯はすぐに準備します。出来上がる頃、お呼びしますね」
女将は頭を下げ、部屋を出る。
「それでは、私もこれで」
後ろをついて来ていたリタも、2人に挨拶をした。
「あぁ、そうだ」
何か言い忘れたように振り返ると、2人にこう告げた。
「最近は物騒ですから。戸締りはしっかりしてくださいね。野蛮な人達が増えていて、旅人の金品が狙われることが多いんです。お2人は身なりもよく、特に、トートさんは石もお持ちですから、常に身につけて、気配と施錠には配慮を。それから、お一人では出歩かないように、岩肌ですし夜は危険です。」
「え、ええ、気をつけるわ」
一通り言い終えると、リタは一礼して今度こそ部屋を出た。駆ける足音が遠くなる。
「……何だか引っかかる言い方ね」
「ふむ、そうだな。来る時に盗賊には出会ったが、この村がそれほど治安が悪いとは思えん」
「そうよね。外からは入るに飛行石が必要だし、あれじゃあ『村の人間に襲われるから気を付けろ』って聞こえるんだけど」
「襲われたら全て潰せば良い」
「そんな物騒なこと言わないでよ」
リタの態度を不審に思いながら、夜のことを考える。あの話ぶり、今夜何かあるかもしれない。外に出ては危ない、かと言って、部屋の中が安全とも限らない。
途中で戻っていったファーニャのことも気になるし、石を持っていただけで、会ったこともない二人組を、これだけ優遇してくれるユタの気持ちもイマイチ分からない。
「でもなー……女将さんも良い人そうだったし、リタさんも良い人だし……」
「『見かけに騙されるな』と言いたいところだが、特段あの2人に怪しい気は感じないな」
「うーん……」
トートは悩んでいた。この後、ファーニャを迎えに行くつもりだったから。元々、今日は久し振りに積もる話でもしようと考えていた。途中まで付いて来たファーニャが帰ってしまったのも予想外の出来事だったし、1人で出歩くな、と言われるのも予想外の出来事である。
オルカが付いて来てくれるとは考えづらい。
ウロウロと部屋を歩き回りながら、どうしようかを考える。あーでもない、こーでもない、と、時々ウサギのリュックを話し相手にしながら。
そしてダメ元でオルカにお願いをして『めんどくさい』『嫌だ』『断る』『しつこい』と一蹴されることを繰り返していくうちに、日が落ちていった。
──コンコン。
「! ──はい!」
「……夕飯の準備が整いますから、一階の食堂までいらしてくださいな」
ドア越しに女将の声がする。
「有り難うございます! すぐに行きます!」
慌ててトートは返事をして、部屋を出る準備をする。
「……荷物、どうする?」
「私は特に荷物はないからな。お前はそのウサギを持って、ペンダントも身につけて行くと良い。どのみち、それしかないしな」
「そうね……そうするわ」
トートはリュックを背負い、ペンダントを確認すると、部屋の中のクローゼット等、扉のあるものや、引き出しをしっかりと閉めた。
「行きましょう」
部屋を出て、トートが扉に鍵をかける。
パタパタと足音を立てながら、2人は駆け足で階段を降りていった。
トートとオルカが部屋を出てすぐのこと。他の部屋の一室から、誰かが顔を出す。キョロキョロと辺りを見回すと、鼻先まで覆うフードをさらに深く被り直し、部屋の外へと出ていった。