第7話:精霊に愛された村 (涅槃の魔女とひとりぼっちの魔王様)

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 リタとトートが先頭を歩き、その後ろをオルカ、続いてファーニャが歩く。
 話しながら歩く為、速度は然程早くない。後をついてくるファーニャを心配して、トートはオルカに話を振りながら、時々ファーニャが付いてきているか確認した。

「それにしても、凄い穴ですよね。大きくて、暗い。それが、こんなに沢山あるなんて」
「昔は此処で、発掘を行なっていましたからね。その名残、僕達に残されたのは廃坑と、少しばかりの精霊の加護です」

 困った様に笑ってみせるリタの顔は、何処か悲しそうだった。

 精霊を崇拝する人間は、未だに多いらしい。特に、お年寄りは『自分にも子どもの頃は見えていた』と言う人が多数おり、今いる下の年齢の村人達も、自分たちよりも上の世代からその話を聞かされてきた。その結果、皆信仰深くなっていたのである。

「ユタさんは、精霊の姿が見えると仰っていましたが……。リタさんにも、精霊の姿がお見えになるのでしょうか?」
「……いいえ」

 リタは大きく首を振る。

「私には、精霊の姿は見えません。だから、時々兄のことが羨ましく思います。精霊の可愛らしい姿が見られるなんて……」

 残念そうに呟くその姿を、トートは見つめる。憂いを帯びた横顔は、何処か美しくも感じた。

 兄のユタと似ているものの、性格の問題か、それとも話し方や声か。彼方がなんとなく熱い、情熱家に見えた。所々に見える自分の気持ちに対して素直な猛進さ。
 対して弟のリタは、落ち着いており、物腰も柔らかい。しかし、何処か我関せず他人事のような話ぶり。こうして、少々冷徹にも思える。

 後ろの方で、ブツブツとオルカの呟く声がした。正確には、ファーニャと話す声だが、何も知らない人から見れば、歩きながら独り言を話している、少々近寄りづらい人間に見えた。

「……魔王って、みんなそんな感じなの?」
「生憎、私は自分以外の魔王を見たことがなくてな」
「折角イケメンなんだから、もっとこう、にっこり笑ってみたり、物腰柔らかな紳士のように振舞ったら、きっと女の子にキャーキャー言われるのに」
「必要ない、余計なお世話だ!」

 ムッとするオルカの声が、度々大きくなる。それに気付くとリタは後ろを振り返るが、オルカにギロリと睨まれては、慌てて前を向き直した。

「トートさんがお持ちの、その精霊石。その大きさ、その輝き、その透明度。全てにおいて、最上級の質をお持ちです。兄が欲しがる気持ちも分かる」
「……ふーん。そんなに凄いものなんだ……」

 トートはペンダントを取り出して、陽の光の下で精霊石を眺めた。光が反射し、キラキラと光る。言われてみれば、その輝きは非常に美しく、周りの装飾と相俟って、いつまでも見ていられるような、そんな作品と化していた。

 始め、ユタに譲って欲しい、そう言われた時は、正直『何を言っているんだこいつは』と、不快に思った。
 今でも少々不快ではあるが、元々自分達が手にしていたかもしれない、自分達のものだったかもしれない、美しいものが目の前突然出て来たら、そう言った反応になるのかもと、そうも思った。

「この村にはもう殆ど無くなってしまったものですしね。あれだけ意地汚く、売り捌いてしまって……。本当に、酷い人達です」
「リタさんは、売ることに反対?」
「……そうですね、僕は反対です。まぁ、もうその売るような精霊石は、残っていませんし、加護ももう、消え掛かりの昔の遺産なんです。もう誰も、見向きもしない」

 あちこちに空いた穴を見ながら、溜め息混じりにそう言い放った。

 その声が、言葉が、聞こえていたのだろう。ピクッとファーニャが反応すると、泣きそうな目でリタを見つめていたのを、オルカは見逃さなかった。
 オルカは何もしない。正確には、『何も出来ない』のだが、今のファーニャを見て、オルカは自分の抱える感情も理解出来ていなかった。

「風の村と呼ばれるのは、昔のウィンダム。今の石がなくなれば、私達はこの村には住めなくなります。そうなれば、ウィンダムは過去の村になるんですよ。加護に甘んじ、タカを括っていた結果がこれです」

 何か言おうとして、一歩前に出たファーニャを、オルカが右腕で制する。
 首を大きく横に降るファーニャの顔は、涙を堪えるのに一生懸命な、幼子の顔だった。

「私の祖父は、精霊が見えていたそうです。生きている内は、いつも楽しそうに、その話をしてくれました。見えなくなってからも、その存在をいつも感じる、と」
「どんな人だったんですか? その、お祖父様と、精霊さんは」
「祖父は、豪快な人でしたよ。とても、精霊なんか信じないようなタイプで。精霊は、どうでしょう。とても美しい女性だと、そう聞いていました」

 昔よく聞いた、祖父の話を思い出す。目を瞑れば、その時の情景がありのまま溢れ出すと言っても過言ではない程、今でもよく覚えている。

 頭に浮かんだことを、そのまま言葉に紡いだ。

 祖父が憧れた精霊。その姿はとても美しく、鈴が鳴る様に綺麗な透き通る声。ずっとずっと聞かされた、精霊のその姿。
 幼い頃一緒に遊び、周りと一緒になって、精霊石を採掘する様になると、見えなくなったこと。
 水で遊ぶことが好きで、子どもと一緒に泥や砂にまみれながら遊び、一緒に宙を散歩しながら、昔の話を聞く。
 夢かと思い、眠って目を覚ませば、また精霊と遊ぶ夢ではない日々。

 まるで一つの物語のように聞かされてきたその話を、今度はリタが話し手として、トートとオルカに伝える。

「……会ってみたい?」
「……そうですね。もし、機会があれば。機会があれば、会って謝りたいです。『アナタの大事な世界を、壊してしまってごめんなさい』と。きっと、我々の様な人間に嫌気がさしたから、もう、目の前には出て来てはくれないでしょうね」

 ファーニャは来た道を戻るように駆け出した。トートもオルカも、その後を追いかけない。本当は追いかけたいが、そんなことをしては我々にファーニャが見えていることが分かってしまう。
 あの兄は、精霊が見えていなかったが、見えている振りをしていたのだ。そこに何か、理由がある筈。

 ファーニャはただ、溢れた涙の跡を地面に残し、立ち止まることなく足を動かした。

 胸の痛みを隠しながら、トートはリタに笑いかける。

「……私、精霊という存在が好きです。美しく、健気で気高く、そして尊い。なのに、身近で、親しみ易くて、愛情に溢れている」
「私も好きです。この街が、精霊が」

 リタは空を見上げて、雲の流れを目で追う。何処か震えた声で、『本当に』と、そう呟きながら。