第6話:再会 (涅槃の魔女とひとりぼっちの魔王様)

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 昔の面影がそこにはあった。でも、違うかもしれないという疑念から、何も言えないでいた。だから、知らないフリをした。

 泣きながらも笑顔を見せるトート。その笑顔は、本当に、心の底から嬉しい時に見せる笑顔であった。
 その顔を見て、瞳に涙を浮かべながら、ファルナーニアと呼ばれた幼女はトートに近付く。
 お互いに顔を負わせると、ふふふと笑った。

「酷い顔よ、トート」
「ファルナーニアこそ。可愛い顔が、ぐちゃぐちゃじゃない」
「だって、嬉しいんだもの。また、トートに会うことが出来て。もう、会えないと思ってた」
「私もよ。良かった、良かった……!」

 2人は抱きしめあい、久々の再会に浸る。頬を擦り寄せ、お互いの存在を確かめ合った。

「……水を差して悪いが。此処でソレは、人目につくぞ。この場を離れた方が良い、側から見たら、1人で号泣して座り込んでいる変な女なんだからな」

 オルカの言葉に2人はハッとすると、お互い手を離す。そして涙を拭き、立ち上がった。

「心配してくれるの? 優しいのね」
「その人は誰?」
「……オルカよ」
「オルカ!?」
「まぁ、100代目だけど」
「じゃあ、彼じゃあないのね」
「ええ」
「……その洞穴にでも、入ったらどうだ?」

 オルカが指差すのは、ユタに聞かされていた、泉のある洞穴だった。
 3人は奥へと進む。少しひんやりとした空気に包まれた薄暗い中を歩くと、小さな泉に行き着いた。女神のような像が、その泉の奥に建っている。

「こんな所、初めて来たわ」
「割と最近出来たのよ。これでも、精霊を祀っているんですって」

 薄汚れた女神像を眺め、ファルナーニアは溜め息を吐いた。

「ファルナーニア、随分と小さくなったわね。格好は変わらないのに」
「昔みたいに、ファーニャって呼んでよ。結構気に入っていたんだから」

 トートの服を掴み、上目遣いでそう言った。

「ふふっ。なんだか妹が出来たみたいね。ファーニャ、もしかして、力使い過ぎたの?」
「んんー、バレちゃった? この辺りにあった精霊石、採られ尽くされてしまったしね」
「? この辺りの穴は、採掘の跡か?」
「ええ、そうよ。力を分散させて、いざという時の為に石に変えてとっておいたのだけれど。宝石として、全部持ってかれちゃったの。あとはまぁ、ちょっと」

 ファーニャは泉の傍に座ると、小さな手で泉の水を掬い上げた。
 天井に上からの深い穴が空いており、そこから差し込む太陽の光が、泉に反射してキラキラと光る。

「ふぅ……昔の村長は、そんなことしなかったんだけどね」

 掌の水を、泉に戻す。ポタポタと零れ落ちる雫が、泉に波紋を描いた。

「昔々のお話よ。オルカにファーニャが、教えてあげる」

 可愛らしい声で歌を歌うように、目を瞑りながらファーニャは話し始めた。

 風の村ウィンダム。此処は精霊の加護を受ける村。
 谷あいに作られたこの村は、普通には住むことは出来ない。しかし、風の精霊に魅入られ、崇拝する人間達が住み始めたのが始まりであった。

 自分を好いてくれる人間に好意を持った風の精霊は、特別な石を村の人間達に授けた。
 それが、この村の移動に使われる浮遊石。とても珍しいその石は、この村でのみ、力を発揮する魔法の石であった。

 身に付けて高いところから飛び降りれば、ゆっくりと降下することが出来る。移動やある程度のスピード調節もでき、反対に、地上から谷の始まりへと昇るような、上昇もすることが出来る。
 村の人間はこの石を使い、村での生活を潤わせていった。

 また、いつぞやの魔王が健在だった頃、精霊は村が魔物や魔族に襲われぬよう、悪しきモノが中に入れない様にと、シールドを張った。
 そのお陰で、数々の戦いの中で、この村は平和に過ごすことが出来たのだ。

 精霊への感謝の意を忘れず、その恩恵に祈りと供物で気持ちを示して来た村の人間達。

 しかし、ある日を境に、その状況は一変する。

 谷を開いて住居を作ろうとした新しい街の住人が、精霊の力を込めた石を、掘り進めていた岩壁の中から見つけた。
 それを持って大きな街に出かけたところ、高値で買い取らせてほしい、そういう人間が殺到したのである。

 精霊の加護と珍しい浮遊石で有名になっていたウィンダムに、沢山の人が訪れた。皆目的は、その精霊の力が宿った石である。
 人間に、その力をうまく使うことは出来ない。だが、『精霊の力が込められている』という御触れと、『非常に綺麗でどの宝石にも負けずとも劣らない美しさ』に価値を見出し、欲望を満たす石へと変化していった。
 特別なことは必要なかった。
 ただ一言、『風の精霊の加護を受けた、世にも珍しい希少な宝石だよ』そういうだけで、人々はそれを求め、奪っていったのだ。

 その結果、谷はそこらじゅう掘り尽くされ、埋まっていた精霊石は根こそぎなくなっていった。

 残ったのは、浮遊石の力を保つ為に、また、いつ復活するかわからない魔族を、退ける為のシールドに力を使い続け、どんどんと力を使っていった風の精霊と、村人の移動の為に使われる、数少ない浮遊石。

 そして、昔々にファーニャがトートにプレゼントした、一番綺麗で一番大きく、一番魔力を持ったあのペンダントの精霊石。

「今の村長、ユタのおじいちゃんのおじいちゃん。彼から拍車を掛けて酷くなっていったわ。今はもう、村に残されたものの価値は、皆無ね。オルカが入れるでしょ? 村を守る力も、もう無いの」

 話し終えると、ファーニャはオルカに向き合った。

「気を付けてね。きっとユタは、トートのペンダントを狙ってる。自分たちが本来持つものだと」
「……理解した。さっき言っていた、嫌なニオイとは、このことか?」
「そうみたいね、恐らく」
「オルカ、トートを守ってね。トートがもし襲われたりしたら。私、許さないんだから」

 姉の心配をする妹の様に、姉の彼氏に姉を託す様に、ファーニャはオルカに懇願した。

「……殺しても死なない女だぞ?」
「だから余計に心配なの。それがバレて、変な奴らに連れ去られでもしたら。それにあの子は、寂しがりやなのよ」
「気に食わんが善処しよう」
「あとね、1人にしないで。お願い」
「……善処しよう」
「物わかりのいい魔王様で助かるわ。十分よ」

 ニコニコと笑うファーニャは、本当に愛らしい。

「──ん! ……カ…………トー…………ん!」
「……ん?」

 遠くの方で声がする。
 入り口に誰かいる様だ。

「……さん! オルカさん! トートさん! いらっしゃいますか!」

 リタの声だ。

「リタさん! います!」
「お部屋の準備が出来ました! ご案内します!」
「はーい!」

 トートは慌てて答えた。ファーニャとのやりとりが、聞こえていなかったかと。正確には、周りからは独り言になってしまうが。

「本当に、気を付けてね? 取り敢えず、私もついて行くわ」
「一緒に行きましょう」

 3人は、精霊の泉を後にした。