第5話:加護の証 (涅槃の魔女とひとりぼっちの魔王様)

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 「……こんにちは」

 看板の前に立っていた男は、ニッコリと2人に挨拶をした。

「こんにちは」

 つられて笑顔になり、同じようにトートが挨拶をする。

「風の村、ウィンダムへようこそ。僕は村の人間です、謂わば、案内係といいますか。この村に来られるのは、初めてですか?」
「え……っと。随分と、久し振りになります」

 そう言いながら、トートは一度しまったペンダントを、再度取り出した。
 先程は何もなかったこのペンダントだが、今は石が淡く光っている。

「その時に、貰ったものです」
「! これは──」

 男は思わず目を見開いた。

「村長の元へ参りましょう。お連れの方は、此方の村は初めてですか?」
「……あぁ」
「では、此方をお持ちください」

 男は真ん丸な石を、オルカに渡した。

「握るか、何処か服にでもしまっておいてください」

 言われた通り、オルカは掌でその石を握った。

「ついてきてください。降りますよ」

 男はそう言うと、ピョン、と谷底に向かって飛び降りた。

「……加護は健在だったようね。行きましょう。置いていかれてしまうわ。別に、何も心配することもないの。そのまま落ちればいい。それに、万が一の出来事があっても、貴方は飛べるでしょう? 魔王様」

 そう言ってトートは男の後を追い、同じように飛び降りる。『加護とは、面白いものとはこのことか』と、その力を少々不思議に思いながらも、オルカも同じように飛んだ。

 飛び降りた2人は、ゆっくりとしたスピードで、下へと落ちてゆく。
 オルカは特に、魔法も使っていない。なのに、通常の落下スピードよりも遥かに遅く、今自分達は下に向かって進んでいた。

 よくよく見ていくと、岩肌に横穴が開き、ポッカリと黒いその奥を見せていた。
 ひとつだけではない。無数に点々と存在している。何かの採掘跡に見えるそれは、迂闊に近づくと飲み込まれそうな、闇色をしていた。

「あの、左手の赤い屋根の家の前で降りましょう。身体をそちらに、傾けてください」

 左側に、身体を傾ける。そうすると、傾けた方向に向かって動き始めた。スピードに変わりはなく、また、緩々と進む。どうも、重心のある方に進んでいくようだ。

「本当は、速度変えることも出来るんですけどね。馴れない内は、危ないことはしない方が良いので。さぁ、降りますよ」

 男は2人に声をかけると、赤い屋根の家を目掛けて進む。
 そこでオルカは、「ふむ」と一言呟くと、最後尾からトートと男を追い抜かし、赤い屋根の家の前に降り立った。
 強い光を、握り締めた掌から漏らして。

「成る程。魔力を使わずとも、飛ぶことが出来るとは。便利なものだな」

 その後から、男とトートが地面に降り立った。

「……驚いた。こちらの石を、使ったことがあるのですか?」
「いや。まぁ、似たような芸当が出来るだけだ」
「それは素晴らしい。見てみたいものですね。その石は、この街に滞在する間は持っていてください。移動に必要になりますから」

 男は、赤い屋根の家のドアをノックする。

 コンコン──

「何方でしょうか?」
「私です。マイルスです。お客様をお連れしました」
「どうぞ、お入りください」

 マイルスと名乗る男は、そのままドアノブに手をかけ、目の前のドアを開けた。

「……こんにちは」

 その先に、男と幼女が立っていた。

「リタ様こんにちは。ユタ様は……ベッドに?」
「えぇ。兄はいつも通り。其方のお二人は?」
「えっと……」
「私の名前はトート。こっちはオルカです。初めまして、御機嫌よう。リタ、様?」
「旅のお方ですか? リタで結構です。トートさん、オルカさん、初めまして。私はこの街の村長の弟、リタと申します」

 丁寧にお辞儀をし、顔を上げたリタは、まるでまだ人の悪意になど触れたことがない、無垢な少年の様なあどけない顔立ちをしていた。

「リタ様、此方のトート様が、精霊石のペンダントをお持ちでして……」
「……え? それは驚いた。きっと、兄もお喜びになるでしょう。突然ですみませんが、是非兄に、村長に会ってはくれませんか?」
「分かりました。良いわよね? オルカ」
「まぁ、構わない」

 2人は促されるまま、その兄の元へと向かった。

 ──コンコン

「兄様。リタです。お客様をお連れしました」
「……入れ」
「失礼致します」

 光の差す窓辺に、ベッドが1つ。
 リタと然程年の変わらないだろう、青年が横たわっていた。

「このままでは失礼だな。申し訳ない」
「いえ、大丈夫です」

 青年は身体を起こすと、トートとオルカに挨拶をした。

「初めまして。ウィンダムの村にようこそ。私が村長のユタです」
「初めまして。トートと申します」
「オルカだ」
「宜しくお願い致します。して、この村にはどういったご用件で? 観光でしょうか」

 ゴホゴホと咳払いをしながら、ユタは問い掛けた。

「兄様。此方のトートさんが、精霊石のペンダントをお持ちでした」
「! 見せていただけませんか!?」
「え……ええ、良いですが……」

 勢いに押され一瞬怯むが、トートは首からペンダントを外して、ユタに渡した。

「これは……紛れもなく、この村の精霊石を使ったペンダント……。 失礼ですが、何処でこれを?」
「昔、友人から貰いました」
「そうですか……。いきなり申し訳ありませんが、譲り受けることは出来ませんか?」
「ごめんなさい。とても大事なものなので」
「……そうですよね。すみません」
「いえ」

 トートはペンダントを返してもらう。渡すその手には、名残惜しそうに力が込められていた。

「リタ。この方達に、部屋を用意して差し上げなさい。宿屋が空いていれば、一番良い部屋を」
「分かりました」
「あ、あの、自分達でしますし」
「いえ、それくらいはさせてください。久々に、素晴らしいものを見せていただいた」
「……有難うございます」

 リタはそそくさと部屋を後にし、その後について、トートとオルカも部屋を出る。
 その直前、トートはユタに問うた。

「ユタ様」
「ユタで結構ですよ」
「……ユタさん。ユタさんは、精霊を信じていますか? この村の精霊を」
「ご存知なんですね、当たり前か。……信じますよ。と言いますか、存在していますから、精霊は」
「では、ユタさんには、精霊が見えますか?」
「何故?」
「いえ、会えるものなら、是非お会いしたいと。そう思いまして」
「ふふっ。私には見えています。今は隣の、精霊の泉で、その美しい肢体を更に美しくすべく、水浴びでもしている時間ですよ」
「あら、素敵ですね。会いに行ってみようかしら」
「是非。会えると良いですね」
「はい。それでは、失礼します」

 2人は扉を閉じた。

 足取りゆっくりと、村長の家の隣、洞窟へと向かう。

「何故、あんなことを聞いた?」
「だって、あの人、イヤなニオイがするんだもの」
「嫌なニオイ?」
「うん」
「次だ。お前はどうして、嘘を吐いた?」
「……え?」

 トートは立ち止まる。

「お前にも見えているんだろう? そのガキが」

 オルカが目線をやる先、トートの後ろに、小さな女の子が立っていた。
 エメラルドグリーンのロングヘアーに、まるまるとした輝く瞳。無垢な白のワンピースを着て、背中に透き通るような羽を生やした、それはそれは、とても可愛らしい幼女が。

「おかえり! トート!」
「……ただいま、ファルナーニア……!」

 振り向いたトートは、涙を流し、その場に座り込んだ。