第4話:風の村、ウィンダムへ (涅槃の魔女とひとりぼっちの魔王様)

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 「まぁ、何にもないけど、こうやって歩いて何気ない景色を見るのも、旅の醍醐味よね」

 ただひたすらに、2人は平地を歩く。
 すると、遠くの方に見えていた岩山が、どんどんと迫るほどに大きくなっていった。

「おい、その背中のものはなんだ?」
「え? これ? ウサちゃんだけど」
「動物の種類は聞いていない。何故そんなぬいぐるみを背負っているんだ?」
「あら、よく動物って分かったわね。これはぬいぐるみじゃなくて、リュックよ」
「お前を待っている間に、城の書物を見た」
「お金の説明がないなんて残念ね。まぁいいわ。これ、よく入るんだから」

 トートは、つぎはぎだらけのウサギの背中についたファスナーを下げ、中から服や靴、帽子にストールを取り出した。

「……何故そんな小さなぬいぐるみに、そんなにモノが入るんだ。魔法か?」
「だからリュックだってば。容量は企業秘密よ」

 納得のいかない表情のオルカを尻目に、ズルズルと取り出した服飾品を、またウサギの中へしまう。
 
「あ。あの岩山の麓。そこから下に向かって、村があるわ。珍しいわよね、あんな不便なところに。ウィンダム。風の村、ウィンダムよ」
「知り合いでもいるのか?」
「……いないわ。昔はいたけどね。あの魔王城に引き篭もって、かなり長い時間が経ったし、みんな死んじゃったわ」

 淡々と話す。

「元々は精霊が住む谷なんたけど、斜面だし、ゴツゴツしてるし。わざわざ変な場所に……」
「……私が言うのもなんだが、魔物や魔族に襲われない為ではないのか? 見ていないから、実際は分からぬが」
「……そうね。そうかもしれない。昔はあった精霊の加護は、まだあるのかしら……」
「加護?」
「えぇ、加護。無くなっていなければ、面白いものが見られると思うわ。あと、コレ」

 トートは、胸元にしまっていたペンダントのトップを、オルカに見せた。
 それは緑色の透き通るような石がはめ込んであり、裏面には綺麗な細工が加えられていた。それはそれは、とても、美しい、ペンダント。

「貰ったのよ。昔々、あの村に住んでいた友人に。こういうものは、廃れていくことが少ないし。役に立つ筈よ。そうね、彼女なら、或いは……」
「?」

 また胸元にしまう。大事なものらしい。
 昔の物で、身につけているのにもかかわらず綺麗なのは、その物自体がとても良い物だということ。
 そして、それの持ち主が、手入れを怠っていないということだろう。

「……ところで。魔王様は精霊と相容れぬ存在なんじゃあないかしら?」
「何が言いたい?」
「いいえ。ただ、追い出されたりしなければいいな、ってね。嫌じゃない、シールドみたいなのが実は張ってあって、入れないなんてことになったら」
「可能性が無いわけではないが、その昔とやらにはあったのか?」
「……どうだったかしら」

 眉間に皺を寄せて、考える素振りをみせる。相当昔のことだろう。思い出せなくて、覚えていなくて当然だ。

「忘れちゃった」

 ふぅっと鼻で息を吐く。斜め上を見ながら、諦めたように首を傾げたあと、横に振った。

「……疲れた」
「なんだ。体力がないんだな」
「……確かに、城に引き篭もってたけど。これでもスピードあわせてるんだからね? はぁ。アンタ生まれたばかりなのに、随分と元気ね」
「生まれたばかりだから元気なんだろう。なにせ魔王だからな」

 そう言って、オルカはフッと笑ってみせる。それは、一度殺されかけたことを忘れてしまいそうな、そんな優しい笑みだった。

「あーあ。なんかさ、こう、魔法ないの? 一瞬で行ける奴」
「あいにく、知らない場所には行けぬ」
「えー。なんだ、残念」
「……『景色を見ながら歩くのも、旅の醍醐味』じゃなかったのか?」
「ぐぬぬ……だって……もう、前言撤回するわ……」
「場所は彼処なんだろう? 行けないことはない」
「え?」

 オルカはトートの腕を掴む。

「加減はするが、喋るのは自己責任だ」
「は? ……あ、え……?」

 何か言葉を呟くオルカを、淡く黄色い光が包む。そして、同じ様に光に包まれたトートと共に、身体を宙に浮かせた。

「あ……えぇっ!?」
「見たことくらいあるだろう。無駄に長生きなんだからな。行くぞ」
「無駄ってなによ! ってあああ──!」

 宙に浮いた身体は、流れる様に山へと向かって行く。歩いていた時とは比べ物にならない速さで。
 今この状態でなら、オルカの言った言葉の意味がわかる。喋ろうものなら、舌を噛むかもしれない。確かにそれは、自己責任だ、と。

 口をつぐみ、目を閉じる。物が入ってしまっては痛いから。流れる景色を見ておきたかったが、ケガの危険性を考え、危なくない方を取ることにした。

 離れない様、落ちない様に、オルカはトートの腕を握ったまま進んでいた。それ以上の何かを考えることはなかったが、心なしかやんわりと、優しく、その腕を握っていた。
 強く握ったとして、その腕がもがれようとも、爪が食い込んで傷がつこうとも、それこそ、喋って舌を噛みちぎろうとも、その身体は元に戻るのに。

 トートが目を閉じて暫くすると、スピードが緩々と落ち、やがて浮いていた足が地に着いた。

「着いたぞ。此処だろう」
「……あ! そう、そうよ!此処が、風の村、ウィンダム!」

 2人は、山の麓から足元を見下げた。

 そこに広がるのは、オルカにとっては初めての、トートにとっては懐かしい、少々変わった村の姿だった。

 谷あいに、出っ張った壁の様なモノがある。其処は窓が付いており、家の一部であることが伺えた。
 崖をくり抜いて、其処に家屋をくっつけいる様にも見える。
 道幅は狭く、1人通るのがやっとと思えるが、チラホラと、道には人の姿が見えた。

「良かった、人がいる! 行きましょうよ、初めての村に!」

 オルカの肩をバンバンと叩きながら、トートは嬉しそうに言った。

「何故お前がはしゃいでいるんだ。『レディ』と言うには、はしたない行為ではないのか?」
「喜びを表現して、何がいけないって言うのよ! 冷めてるわね……もう……」

 頬を膨らまし、抗議をして見せた。

「なんだ? その顔は。今の流行りか?」
「良いわよもう! 早く行く!」

 今度はトートがオルカの手を取り、村の入口へと進んで行った。思いがけず、引っ張られる形となり、知れてはいる強さだったが、急なことに戸惑う。

「でもね、有り難う。運んでくれて」

 行動と言葉に戸惑いつつも、その手に引かれるまま、前へと進んで行った。

 その先には、看板が立っており、この距離からは、看板に本来ならば大きく書かれているだろう、『ウィンダム』という文字が、辛うじて読み取れる。

 そして其処には、男が1人立っていた。