第2話:知らない世界 (涅槃の魔女とひとりぼっちの魔王様)

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 「久し振りに、この服に袖を通すわ」

 先程までの格好とは打って変わって、変わった形の、ヒラヒラしたワンピースを身に付けるトート。
 赤と黒と白の三色を基調とした、ゴシックなデザイン。裾はある程度長いものの、動き易い様にパニエの様な膨らみはなく、中央からサイドに向かって、長くなる様に角度がつけられていた。
 前から見ると、ショートパンツに、大きく分かれる様にデザインされた、スリットが入っている様に見えた。
 その姿はまるで、何処かの貴族の娘か、はたまた一国のお姫様の様でもあった。

 クルクルと回り、スカートに空気を含ませて、その広がりを楽しむ。贅沢に布が使われている証拠だ。
 膝上のスカートから覗く、白く長い脚。腕も長く細い指は、『華奢』と表現されるものだろう。
 長く伸びた白い髪の毛は、とても良く手入れされており、トートはそれを、リボンで高い位置でツインテールにしている。
ぷっくりとした、血色の良い赤みを帯びたピンク色の唇。長い睫毛にタレ目気味の大きな赤い瞳。
 何処か憂いを帯びた瞳は、それでも綺麗な色をしていた。

「神様なんてクソ喰らえだけど。オルカにまた会わせてくれたことだけは感謝するわ。願わくば、私とオルカに……加護があらんことを」

 トートは一輪の赤い花が飾られたテーブルの前に跪き、胸の前で手を組んだ。そして口を動かす。

「……ねぇ、もう私を独りにしないで……」

 頬を伝う、一筋の涙。トートはそれを指で拭うと、両手で頬を挟み叩いた。

「……よし! ……サヨナラ魔王城。お世話になったけど、出来ればもう、二度と来たくないわね」

 着替えていた部屋を出る。
 振り向いて立ち止まり、部屋に向かって一礼をした。

「私を置いてくれて、守ってくれて、有難う」

 にっこり笑って、その場を後にする。

 小走りに向かう先は、オルカの残る部屋。

「オルカ。準備出来たわ」
「……遅い」
「仕方ないじゃない。女の子は色々と準備があるのよ」
「ふん。私には分からん」
「別に良いわ。分からなくたって」

 憎まれ口を叩き合いながら、お互いを探る。

「……トートと言ったな。この世はどうなった」
「何よその態度。……まぁ、良いわ。教えてあげる」

 トートは、オルカの目が醒めるまでの出来事を、淡々と話し始めた。

 この世は、99代目の魔王と、勇者の争いの結果、大きな損失を世界に与えて、戦いに終息を迎えた。

 珍しく、この時の勇者は、皆に歓迎されていた訳ではなかったらしい。
 トートは勇者について、言い淀んだ。あまり良い記憶がないのだろう。
 俯き声も小さく、時々つかえながら、それを語った。初めは『勇者』と呼んでいたが、そのうち『あのクソ野郎』へと変わった。非常に分かり易い。
 とにかく、『あのクソ野郎』な『勇者』は、魔王を倒すために旅をした。
 人々に、嫌な記憶を刻みながら。

 それでも勇者は、魔王相手に相討ちではあるものの、勝利を収めた。
 世界が完全に滅ぶことを、食い止めたのである。
 この部分は嬉々として話す。死んだことは笑顔になれるのか。余程腹に据え兼ねるものがあったのだろう。

 暫くは、魔物も魔族も、生きていたらしい。各地で魔族と魔物対人間の、生き残りをかけた小規模の戦いが幾つも行われ、地上の生き物達は、その存在をかけて更なる戦いを行った。
 生への執着が、恐ろしく強かったのだろうか。その戦いでも、人間は勝利を収めた。

 その結果、魔族も魔物も滅び、かつて猛威を振るい、人間達を怯えさせた種族は消えて無くなった。

 そうして、この世は人間達のモノとなったのである。人間同士での争いはあるものの、圧倒的な種族差を感じさせ、恐怖を植え付ける彼等は、人と戦い、人に負け、居なくなった。

 魔法を使える者はいなくなり、魔族と人間の混血がいると噂され、魔の力に身を堕とした人間が、辛うじての可能性として残る。
 魔族の代わりに現れた、異種族と時に争い時に私欲を貪り、時に協力しながら、世代を繰り返していった。

 99代目の魔王が死んでから、既に数百年余りの時間が経過していた。その間、トートは色々な街を転々とし、命を繋いできたという。
 何度も死にかけたり、普通の身体だったなら、やらなくても良かっただろうことも、あっさりと死んでいるだろうこともしてきた。家族はトートを置いて皆死に、何人、何百人もの友人、そして知人の揺り籠から墓場までを見送ってきた。

 その度に、トートはオルカを思い出す。自分をこんな身体にした元凶を。
 しかし、その肝心の魔王は死んでいた。今まで復活してきたのだ、きっとまた、復活するだろう。そう踏んで、トートは魔王城に身を置いた。
 そこからどれだけの時間が過ぎたかは計り知れないが、孤独と闇と戦いながら、トートはオルカを待ち続けたのである。

 今日、この時間の為に。

「分かった? もう、いないのよ。貴方が求めるであろう仲間は」
「……しかし、この目で見なければ、受け入れることは出来ない」
「だから、行きましょう。まずは、そうね。谷あいにある街、ウィンダムへ向かいましょうか」
「ウィンダム? どんな街だ?」
「『風の都』と、呼ばれているわね。風の精霊がいるとも。前に行った時は、皆穏やかな人間だったわ。街の人間は」
「そうか……」
「ホラ、行きましょう」

 トートはオルカを促し、城の入り口へと向かった。

「暫くは、そうね。暫くは戻らないでしょう? 忘れ物は無い?」
「忘れるようなものがないな」

 そう言って、腰に携えた剣を触る。特に、何か必要とするものもなく、この世に生まれて目を覚ましたそのままで、オルカは城を出る。

「行ってきます! 魔王城!」

 トートは叫んだ。

「煩いな」
「いいでしょう! 別に!」

 二人は城を後にした。

 これから巡る世界の旅に、どんな出来事が起こるかは、まだ、誰も知らない。