第1話:お誕生日おめでとう (涅槃の魔女とひとりぼっちの魔王様)

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 「……此処は……」

1人の男が、薄暗い部屋の中で眼を覚ます。

RPGを思わせる様な、何処か異世界感漂う不思議な模様の服。大振りの剣は、装飾された鞘に収められていた。

ただ広いだけの部屋、床は冷たい。
キョロキョロと辺りを見回すが、人の気配がない。

「……私は……」

頭がズキズキと痛む。クラクラする。少しの浮遊感と、気持ち悪さ。
起き上がり、腰に剣を携えた。

コツコツコツ──

何処かから、靴の鳴る音がする。この部屋へ、近づいて来る様だった。

コツコツコツ──

音は大きくなる。

「──っ! 誰だ!」

思わず声を張り上げる。

ピタリ、と、靴の音が止んだ。

「起きた! 起きたのね!? オルカ!」
「──オルカ?」

そこに現れたのは、1人の少女。嬉しそうに彼の元へとやってくると、泣きそうな顔で笑顔を作った。

「オルカ……オルカ……そうだ、私は……」

──100代目の魔王。この世界と人類を滅ぼし、世界を滅ぼし原初を手中に収める為に生まれた、魔王。
先代が成し遂げる事の出来なかった、偉業を成し遂げる為。不要な人間たちを排除する為。
この世界を、破滅へと導くのが私の使命。この世界の、その後の新しい秩序を守るのが、私の宿命。

「お前は、何者だ。魔王の城へ入り込むとは良い度胸をしている」
「……オルカ? 私よ、トートよ! さぁ、早く呪いを解いて頂戴!」
「呪い?」
「そうよ。貴方が私に掛けた、『死なない呪い』を」

オルカは戸惑った。自分は今魔王として君臨したばかりである。呪いなど、掛けた記憶がない。

「……オルカ?」
「……悪いが、その『呪い』とやら、身に覚えがない」
「そんな……」
「私は『オルカ』だが、お前が望む『オルカ』ではない」

トートは膝から崩れ落ちた。

「……そんなに死にたいのなら、私が殺してやろう。この魔王オルカが、直々にな」
「……ふふっ。あははっ……!」
「何がおかしい?」
「貴方に私は殺せないわ。だって、死なな」
「煩い」
「ぐ……ぅ……」

オルカはトートの首を左手で掴むと、そのまま軽々と持ち上げる。
そして、高い位置で止めると、躊躇いなく抜いた剣でトートの腹部を貫いた。
笑みを浮かべて。

「がっ……あ……ぁ……」

止めどなく溢れる赤い血。空気を含んだものはコポコポと泡を立て、行き場の無い血は足元へと落ちていく。

「満足か?」

ドサッ────

そのままオルカは、トートを床に投げ捨てた。
硬い地面とぶつかり、酷い音を立てる。落ち身体は動かなかった。

「『死なない』とやらは、お前の妄想か?」

フンっと鼻で笑うと、背中を向けて歩き出した。トートには目もくれず。

「ぐっ……う……」
「──!? なっ……」

死んだと思った。人間はか弱い。血が流れす過ぎても、損傷が激しくても、死ぬ。
魔族ほどの体力もなければ、強靭な肉体も持ち合わせていない。

自分の持つ知識の中で、『あれをすれば死ぬ。すぐに死ななくとも、ほっておけばいずれ死ぬ』と定義づけられていたものが、一瞬で崩れ去ったのだ。

オルカは驚きを隠せなかった。

「あああ……ぐぅ……ゲホゲホ……っ……」
「何故……何故だ……」
「はぁはぁ……っ……気持ち悪……やっぱり、気分の良いものじゃないわね……久し振りだわ……」

口からにと塊を吐き出すと、ヨロヨロとトートは立ち上がった。服や皮膚に血がこびりついているが、それはもう固まっていた。

「うげぇ……っ……はぁ……っ。これで……信じたかしら?」

トートは服を捲ると、お腹を見せた。
そこは、先程オルカに刺された場所。しかし、血が付いていたが、傷があるようには見えず、流れ出る血ももう無かった。

確かに、オルカには身体を貫いた感覚があった。柔らかい、皮膚を裂き、肉に剣を差し込む感覚が。

「なんなんだお前は……!」
「ただの人間よ! なのに、あんたのせいで、死なないし歳もとらない、化け物になっちゃったの!」

詰め寄り、オルカの胸元をグーで叩く。

「みんな死んだわ。家族も、友達も。酷い目にもあった、悲しい思いも、辛い思いもした。此処にいるのはただ、あんたを探す為。あんたしか、呪いを解ける奴はいなかったのに……!」
「……すまない……」

気がつくと、謝罪の言葉が口をついた。特に、オルカは謝りたいと思ったわけではない。
だが、泣きながら魔王である自分を叩くトートを見ていると、何か分からない、暖かいものがこみ上げてきた。
きっと、まだ生まれたばかり故の、未熟な部分に突き刺さったのだろうが。

「謝ったって、許さないんだから」

泣きながら、トートはオルカの顔を見上げた。

「生まれたばかりの魔王様に、トートが良いことを教えてあげる」

手で涙を拭った。

「この世界に、魔族や魔物なんてものは、もういなくなったわ」
「何……?」
「精霊やら、幽霊やら、そんなものはいるけどね。生き残っている話があったとしても、それは伝説の存在。会えるか会えないかなんて、分からないわ」
「──そんな、まさか」
「仲間なんていないのよ。ひとりぼっちの魔王様」

トートは憐れむような表情で笑った。

「先の魔王はとっくの昔に死んで、勇者も死んだ。貴方が眼を覚ます間に、物語として語り継がれる様な、本当か嘘かも分からない、ただの虚像に成り下がったのよ」
「嘘だ、嘘だ! そんなものは……」
「嘘じゃないわ。可哀想な魔王様。私と同じ、ひとりぼっち」

信じられなかった。
今自分がいる場所こそ、我が居城。世界を見渡せば、其処彼処に自分の仲間が……。
いや、確かに、此処に既に誰もいない。音も無く、現れたのはこの少女だけ。

『孤独』が、魔王の心を埋め尽くす。

想定していなかった、自分を知るものも、自分を慕うものも、一人としていない状況。

「私が、いるじゃない」
「……」
「貴方が呪いをかけた、この私が」
「……お前がいる、だと?」
「そうよ。貴方は仲間も知り合いもいない。私は家族や友人は死に、一人で生きてきたわ」
「馬鹿馬鹿しい。私は一人でも」
「先の魔王の様に、世界を滅ぼすの? 滅ぼしたって、何にもなりゃしないわよ。世界が滅んだって、人類が消えたって、貴方の築く未来は、貴方ひとりぼっちだもの。そんな世界に、なんの価値があるというの?」

トートは食ってかかる。それもその筈。漸く、自分の呪いを解ける魔王を見つけたのだ。覚えがなくとも、何かの手掛かりにはなるに違いない。此処で見逃すわけにはいかなかった。

「第一、貴方はこの世界のことを、何も知らないじゃない。それに、この城は観光名所にする計画が挙がっているわ。人間達が偵察に来るわよ? 今の貴方じゃ……ふふっ、ヤラレちゃうかもね」

トートはオルカを煽る。観光名所の話は本当だ。万が一見つかって、誰かに倒されたりでもしたら。また、ひとりぼっちになってしまう。

そんなのは、もうゴメンだ。

「……旅に、旅に出ましょう、オルカ。信じられないなら、本当に魔物が、魔族が存在しないのか、この世界を見に。貴方が生まれ落ちた、この世界を。そして、貴方が滅ぼそうとする、この世界を。勿論、私は貴方に呪いを解いて貰う為について行くのよ。呪いが解かれる前に、死なれちゃ困るしね」
「勝手な奴だな」
「勝手なのは貴方の方よ。貴方のお陰で、私がどんな目にあったか……」
「それは私ではない」
「……そうね、先のオルカ、だったわ」
「まぁ、良いだろう。仲間と共に世界を滅ぼし、お前の呪いを解いて、お前も殺してやる」
「あら、嬉しいわね。ずっと望み続けてきて、叶わなかったことだわ。貴方は私の願いを叶えてくれるのかしら」
「ほざけ」
「ふふっ……」

久し振りに、トートは会話をした。ずっと一人で生きてきて、こんなに嬉しいことはない。

「……支度を、しましょう。少し、この世界の話をしながら」
「私は用意するものなど何もないぞ」
「私はあるの! 女の子なんだからね!」
「よく分からんな」

トートはそういうと、一度部屋の外に出た。しかし、すぐにまた戻って来た。

「忘れてた。貴方、今日が生まれた日なんだものね」
「それがどうした?」
「お誕生日、おめでとう」

今度こそ、部屋の外に出る。心なしか、顔が赤い。

「……変な奴だ」

こうして、ひとりぼっちの魔王様と、死なない少女の旅が始まろうとしていた。